2008.09.12 (Fri)
天上天下 唯我独尊
てんじょうてんげ ゆいがどくそん
お釈迦様の言われた言葉だそうです。
言葉は知っていました。
旦那が10年ほど前から(付き合い当初)
言っていた言葉です。
でも、言葉を知っていても意味は知りませんでした。
理解する気もなかったんでしょうね。
遅ればせながら昨日、私は理解することができました。
本来の意味としては
「唯我独尊とは、
この世の中で、みんなそれぞれにお互い自分というのは、
かけがえのない尊い存在であり、
かけがいのない尊い命であるということです。 」
すごいですね、お釈迦様の言うことは。
こんな言葉知らなかった、旦那の口癖を聞いていただけ。
それに意味なんて考えなかった今までの私。
旦那は中学か高校の時、自分で知って
それ以来この言葉をよく口にしていたそうです。
本当に旦那さまには脱帽です。
精神科の先生も(旦那も時々行くので)
「御主人さまは的確なことをおっしゃる。
しっかりと物事を見ていらっしゃいますね。」
なんて言われるくらいです、ま、完璧ではないけどね^^
でも以前より旦那に対する気持ちは変わりましたね。
「愛情」を通り越した「尊敬」です。
私も変わりつつあるので見る目が変わって来たんでしょうね。
同じような言葉に
金子みすずさんの
「私と小鳥とすずと」がありますね。
最近、子供の教育番組でもよく耳にします。
「みんなちがって みんないい」
私は今まで、というより小さい頃からこんなことを
考えたことがなかったので、すごく新鮮でした。
お互いにそれぞれ尊い存在で、その違いを認めて
理解し合うことがとても大切なんだなぁーって思いました。
← 共感して頂けるとうれしいです^^
お釈迦様の言われた言葉だそうです。
言葉は知っていました。
旦那が10年ほど前から(付き合い当初)
言っていた言葉です。
でも、言葉を知っていても意味は知りませんでした。
理解する気もなかったんでしょうね。
遅ればせながら昨日、私は理解することができました。
本来の意味としては
「唯我独尊とは、
この世の中で、みんなそれぞれにお互い自分というのは、
かけがえのない尊い存在であり、
かけがいのない尊い命であるということです。 」
すごいですね、お釈迦様の言うことは。
こんな言葉知らなかった、旦那の口癖を聞いていただけ。
それに意味なんて考えなかった今までの私。
旦那は中学か高校の時、自分で知って
それ以来この言葉をよく口にしていたそうです。
本当に旦那さまには脱帽です。
精神科の先生も(旦那も時々行くので)
「御主人さまは的確なことをおっしゃる。
しっかりと物事を見ていらっしゃいますね。」
なんて言われるくらいです、ま、完璧ではないけどね^^
でも以前より旦那に対する気持ちは変わりましたね。
「愛情」を通り越した「尊敬」です。
私も変わりつつあるので見る目が変わって来たんでしょうね。
同じような言葉に
金子みすずさんの
「私と小鳥とすずと」がありますね。
最近、子供の教育番組でもよく耳にします。
「みんなちがって みんないい」
私は今まで、というより小さい頃からこんなことを
考えたことがなかったので、すごく新鮮でした。
お互いにそれぞれ尊い存在で、その違いを認めて
理解し合うことがとても大切なんだなぁーって思いました。
2008.09.11 (Thu)
なんとかお弁当できた…
2008.09.10 (Wed)
なりたい自分になりつつある
昨日は夕方なにやらとありましたが
お見苦しい点が多々ありましたので
この場を借りて謝罪させていただきます。
って、もう全て削除してしまったし
それを見ていた方しかわからないですよね。
お友達の所にも行けずじまい。
やっぱりこの病気弱ーい所をつかれたりすると
「キレた」り、「平常心」でいられなくなったり
それによってまた「不安定」になります。
しかし、そのやり取り間で感じるところがあったのです。
いつもだったら
「売られたケンカは買ってやる」
「とことんやってやる」
ですが、そんな感情がスーッと引いて行ったのです。
私は今「怒り」の感情がある
けれど「怒る」っていう感情は
その感情の裏側には何かあって怒るのだし
「怒る」ことによっていま何が自分にとって大切なのか
改めてですが再確認したように思ったのです。
タイトルにもある
「なりたい自分になりつつある」ということ。
「自分を信じる」ということでしょうか。
自分を肯定する・・・
今までは否定ばっかりだったので
「あれをやっても、これをやってもどうせだめだろうな」
なんて先取り不安を感じてしまって「落ちる」。
けれども昨日は違ったんです。
「私は私」「ちゃんと前向きに進んでる」って
「心の声」が聞こえました。
そしてそれが「自分を信じる」ということにつながった。
「自分を信じる」「自信を持つ」
自分がこうなりたいなって思っている自分・・・
それに少しづつだけどなりつつある。
実感できました。
まぁ、一気には無理なので徐々にですね^^
昨日ろくでもないことがあったのにもかかわらず
怒りの感情は自然とどこかに行ってしまいました。
ま、旦那にすぐ電話して話をきいてもらったり
そういうのもすごく助けになったんですね。
夕方のことだったので、薬を飲むのも忘れてしまいました。
それにもかかわらず、このような考え方ができるように
なっていた自分にものすごく驚きました。
「変わりつつある自分」を再確認しました。
← 共感して頂けるとうれしいです^^
お見苦しい点が多々ありましたので
この場を借りて謝罪させていただきます。
って、もう全て削除してしまったし
それを見ていた方しかわからないですよね。
お友達の所にも行けずじまい。
やっぱりこの病気弱ーい所をつかれたりすると
「キレた」り、「平常心」でいられなくなったり
それによってまた「不安定」になります。
しかし、そのやり取り間で感じるところがあったのです。
いつもだったら
「売られたケンカは買ってやる」
「とことんやってやる」
ですが、そんな感情がスーッと引いて行ったのです。
私は今「怒り」の感情がある
けれど「怒る」っていう感情は
その感情の裏側には何かあって怒るのだし
「怒る」ことによっていま何が自分にとって大切なのか
改めてですが再確認したように思ったのです。
タイトルにもある
「なりたい自分になりつつある」ということ。
「自分を信じる」ということでしょうか。
自分を肯定する・・・
今までは否定ばっかりだったので
「あれをやっても、これをやってもどうせだめだろうな」
なんて先取り不安を感じてしまって「落ちる」。
けれども昨日は違ったんです。
「私は私」「ちゃんと前向きに進んでる」って
「心の声」が聞こえました。
そしてそれが「自分を信じる」ということにつながった。
「自分を信じる」「自信を持つ」
自分がこうなりたいなって思っている自分・・・
それに少しづつだけどなりつつある。
実感できました。
まぁ、一気には無理なので徐々にですね^^
昨日ろくでもないことがあったのにもかかわらず
怒りの感情は自然とどこかに行ってしまいました。
ま、旦那にすぐ電話して話をきいてもらったり
そういうのもすごく助けになったんですね。
夕方のことだったので、薬を飲むのも忘れてしまいました。
それにもかかわらず、このような考え方ができるように
なっていた自分にものすごく驚きました。
「変わりつつある自分」を再確認しました。
2008.09.09 (Tue)
共依存の母
「共依存」と言う言葉は知っていた
けどなんだか難しそうでよく読んだこともなかった
しかし、昨日先生、そのあとカウンセリングを勉強している
薬剤師さんと色々話をしてわかったこと・・・
私の母親は共依存だった。
すぐ家に帰って調べた。
めちゃくちゃ当てはまっている。
「人への依存 共依存」
まさに自己の喪失感を人にしがみつくことにより満たそうとします。
共依存とは自分のことよりも常に人のことばかり考え、期待と支配、世話、必要を満たすこと等を行うことにより、人にしがみつき自己の心の隙間を埋めて安定を図ります。
どのような人にしがみつくかは人各々違うのですが、代表的なパターンとしては、恋人、パートナー、子供、友達等です。
期待
自分の期待を押し付けて相手をコントロ−ルして意のままに操ろうとします。
世話
相手の世話をすることにより、相手に感謝の気持ちを抱かせ自分から離れられなくします。
また、執拗に相手を世話することは相手を無力化、無能にすることにつながり、自己の優位性を発揮しやすくなります。
必要を満たす
これでもかと相手の必要を満たすことにより、相手を縛ります。これだけ尽くしているの だから、相手が自分から離れることはないだろうと勝手な推測をします。
感情のゆすり
見捨てられたら生きていけない等、泣き脅しを行い相手を縛ります。また、相手に罪悪感を植えつける時もあります
暴力暴言
相手に恐怖を与えることにより縛りつけます。
これら相手を縛りつける行為に共通していることは、相手を支配しようとする意図です。 しかし、この支配性の背後には自己の喪失があり、その喪失感を埋めるために相手を必要としているのですから、結局のところ自己存在のため相手に依存していると言わざるを得ません。
支配=依存なのです。
(中略)
私たちが自己存在を満たすこと、幸せになるための鍵を相手に渡してしまった瞬間より、相手に対する依存と支配が始まります。
そして、見捨てられないために様々な戦略を巡らせるのです。
常に相手の気を引こう、自分を見てもらおう、独占したい、いつも自分の側にいて欲しい、すべては不可能な要求です。
自分が幸せになるための鍵は自分が持っておくか、恋愛等の場合は2人で一緒に持っておくべきなのです。
そのために一番大切なことは自分と自分がつながっていることなのです。
自分がしっかりと人生という土壌に立っていれば、人にしがみついたり、見捨てられる不安に怯えることはないと思います。
それは、言葉を変えると、自分の必要は自分で満たすということになるのです。
そして、お互いが独立した人間として対等な人間関係や恋愛を楽しめるのです。
「アダルトチルドレン回復へ」より 少し抜粋させていただきまいた
私は愕然としました
母が何らかの病気をかかえたり、過去のことを考えればすぐに
わかりますが、こうやって色々と見えてくると私が苦しくなります。
私は母の何だったんだろう・・・
やっぱり愛されているという感じはなかったし
でもこうやって自分の空虚感を埋めるための手段の一つ
だったのか・・・など考えるとね。。。
過去を見ない、って言っていたのに
「あの時(過去)」のことを考えてしまう。
あれだけ「捨てる」覚悟ついてるのに。
やっぱりこれは自分の一生をかけての
問題なんだなと改めて実感しました。
先日、顔も合わせないようにしている(お互いが)母親が
いきなりノックもしないでドアを開けて
普通の関係の親子みたいな感じで
「運動会のこと何か手伝うことない?」と・・・絶句
テメーに来てほしくないから運動会のことも言ってないし
っていうかテメー一緒に来る気だったのかよ?
その神経がわらねーよ。
この発言もこれでよくわかりました。
あの人はまだ子供(私と兄)から離れられないのです。
お母さん、私はもうあなたを必要としていません。
私は私なんだよ、あなたはあなた。
もう境界線つけようよ。
私の領域に無断で入ることのないよう
私はあなたから「決別」します。
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けどなんだか難しそうでよく読んだこともなかった
しかし、昨日先生、そのあとカウンセリングを勉強している
薬剤師さんと色々話をしてわかったこと・・・
私の母親は共依存だった。
すぐ家に帰って調べた。
めちゃくちゃ当てはまっている。
「人への依存 共依存」
まさに自己の喪失感を人にしがみつくことにより満たそうとします。
共依存とは自分のことよりも常に人のことばかり考え、期待と支配、世話、必要を満たすこと等を行うことにより、人にしがみつき自己の心の隙間を埋めて安定を図ります。
どのような人にしがみつくかは人各々違うのですが、代表的なパターンとしては、恋人、パートナー、子供、友達等です。
期待
自分の期待を押し付けて相手をコントロ−ルして意のままに操ろうとします。
世話
相手の世話をすることにより、相手に感謝の気持ちを抱かせ自分から離れられなくします。
また、執拗に相手を世話することは相手を無力化、無能にすることにつながり、自己の優位性を発揮しやすくなります。
必要を満たす
これでもかと相手の必要を満たすことにより、相手を縛ります。これだけ尽くしているの だから、相手が自分から離れることはないだろうと勝手な推測をします。
感情のゆすり
見捨てられたら生きていけない等、泣き脅しを行い相手を縛ります。また、相手に罪悪感を植えつける時もあります
暴力暴言
相手に恐怖を与えることにより縛りつけます。
これら相手を縛りつける行為に共通していることは、相手を支配しようとする意図です。 しかし、この支配性の背後には自己の喪失があり、その喪失感を埋めるために相手を必要としているのですから、結局のところ自己存在のため相手に依存していると言わざるを得ません。
支配=依存なのです。
(中略)
私たちが自己存在を満たすこと、幸せになるための鍵を相手に渡してしまった瞬間より、相手に対する依存と支配が始まります。
そして、見捨てられないために様々な戦略を巡らせるのです。
常に相手の気を引こう、自分を見てもらおう、独占したい、いつも自分の側にいて欲しい、すべては不可能な要求です。
自分が幸せになるための鍵は自分が持っておくか、恋愛等の場合は2人で一緒に持っておくべきなのです。
そのために一番大切なことは自分と自分がつながっていることなのです。
自分がしっかりと人生という土壌に立っていれば、人にしがみついたり、見捨てられる不安に怯えることはないと思います。
それは、言葉を変えると、自分の必要は自分で満たすということになるのです。
そして、お互いが独立した人間として対等な人間関係や恋愛を楽しめるのです。
「アダルトチルドレン回復へ」より 少し抜粋させていただきまいた
私は愕然としました
母が何らかの病気をかかえたり、過去のことを考えればすぐに
わかりますが、こうやって色々と見えてくると私が苦しくなります。
私は母の何だったんだろう・・・
やっぱり愛されているという感じはなかったし
でもこうやって自分の空虚感を埋めるための手段の一つ
だったのか・・・など考えるとね。。。
過去を見ない、って言っていたのに
「あの時(過去)」のことを考えてしまう。
あれだけ「捨てる」覚悟ついてるのに。
やっぱりこれは自分の一生をかけての
問題なんだなと改めて実感しました。
先日、顔も合わせないようにしている(お互いが)母親が
いきなりノックもしないでドアを開けて
普通の関係の親子みたいな感じで
「運動会のこと何か手伝うことない?」と・・・絶句
テメーに来てほしくないから運動会のことも言ってないし
っていうかテメー一緒に来る気だったのかよ?
その神経がわらねーよ。
この発言もこれでよくわかりました。
あの人はまだ子供(私と兄)から離れられないのです。
お母さん、私はもうあなたを必要としていません。
私は私なんだよ、あなたはあなた。
もう境界線つけようよ。
私の領域に無断で入ることのないよう
私はあなたから「決別」します。






